おばさんの落ち穂ひろい

ほとんどガス抜き 誤字脱字すみません

すったもんだ・・・

すったもんだの 叔母たちと

冷静に話すことはできないので

もう かれこれ 8ケ月

会わないように

実家にも なるべく帰らないし

見ても 視野に入ってないことにして

 

なにか 家の中が変わっていても

見てないことにして

 

土地と家の持ち分が

叔母にあることも

まあいっか お爺さんの財産だし と思うようにして

事情が激変したので

終の住処探しをしてみたり

 

母のこと考えて

頭が真っ白なのか真っ黒なのか

気を失いそうな気分で

やり切れなさで

気が狂いそう と思いながらも

まあ 考えないようにって してきた

の だ が

 

下の叔母が 勝手にあさっていた服と

収集してたジャム瓶を 持ち帰ったクレーム言ったら

ジャム瓶は結局 戻らなかったのだけど

服は いままであげた分も返されて

従妹の子どもにあげたものまで 戻ってきた

 

微妙な気持ちで

仕方のないことで

むこうはむこうの常識で動くのだし・・・

考えないようにすればいい と

 

ときは過ぎ・・・

 

 

今日 実家で

私の決算書類が放り込んであるケースを

見つけ

中をみてると 一緒に 箱があり

 

開けると

 

幼稚園の時に

上の叔母が結婚するので

家に飾るから

作ってほしい と

粘土を買ってきて

作らされた 動物が 

返されていました

 

父が それはおかしい と思ったそうで

叔母の長男(従兄弟)も それは違うんじゃないか って言ったそうで

従兄弟の話しは 誰が言ったのか 本人がいたのかは 知らないけれど

叔母は その意味すらわかってないと思う

 

お葬式の日も敷いてるシーツ返せってしつこかったのだけど

母が亡くなる直前も 観葉植物返せって うるさくて

これは 他の親戚のお見舞いと一緒にあったので

私が きっと その人が持ってきてくれたのだろう と思ってしまったものだから

母も 喜んで飾っていたのですが

「あれは ○子(自分の妹=下の叔母)のだから返せっ(ほんとにこの口調ですよ。。。)」って言われ

事情を言ったら

「何を言う 返せ はよー返せっ」って怒り始めて

 

母に伝えたら はいって 持ってきて

この時点で余命宣告わずかに耐え抗がん剤でボロボロの状態

 

さっさと返せばいいのに って感じで怒って持って帰りました

勘違いした自分を責めた。。。

 

それから暫くして

色の悪い観葉植物を見舞いに持ってきて

母は「なっ かわいいとこ あるじゃろ」って言ってましたが

 

ないわっ 

 

クソ忙しいのに

父は 朝ご飯 掃除 洗濯 家事全部やってから

病院行けって 当たり前だ と 難しくて

その上母のブルーベリーを死守する役目まであり

仕事はかなりセーブしましたが

 

たのしく親子できたのなんか この3年くらいなのに、、、

時間が全部母のために使いたいのに

どうして そんなに このタイミングで

モーレツな足かせを。。。 と思いながらも やりきることに必死

夏場も お風呂入ってなかったり

寝てそのまま 昨日のままの 化粧で出る日が続き

化粧もしなくなり

血便が出て 病院行ったら

服が汚れ放題だったことに気づき

気付くこともなく

動き続けていたのか。。。

 

それでも 止まることはできなく

動機が打って苦しかったのだけど

当時 叔母達にギュウギュウにやられていたし

妹は 私のあげた本(サイモントン療法の本を送った)を投げ返し

「あと1、2ケ月で何ができるって言うん」と捨てゼリフを

吐いて帰ったり あれこれ 唇を噛む日がつづき

それでも 母には悟られてはいけないと 揉めないように おとなしく

怒らせないように 進まない工事の図面は 私がひいて 立面つくって。。。

あれもこれも 我慢して 耐えて お願いして 頭下げて

丁重にして 黙って お礼いって。。。。。

 

心臓がおかしい。。。苦しい。。。

もう 死んでもいいか

親孝行してないもん

止まれない 絶対 と頑張った

 

妹は半日たりとて

私が行くからいいよ ということはなく

 

父母叔母たちは妹が可愛いんで

それはわかってるから 妹に

何度も何度もお願いをしたのだけど

 

自分の人徳のなさなのか

悲劇的に終わった気がする

自分を責めるしかない。。。

 

脱線しました。。。。。

 

お祖母さんたちに お味噌汁作ってたのを

ものすごい お祖母さんが食べにくい と 叔母に叱られ

そもそも 父がアナフィラキシー なので 何でも ともいかず

その時は 自分に非があるのだろうか

しかし もう 余る時間もないし

母のとこへ行くには

5時起きで やり切って出なければいけないし と必死で

 

いま 考えれば

そんなこと いう暇あったら

主婦で 子どもも もう 中年なんだから

一品つくっておいておいてくれても良かったんじゃないかと思う

 

高じて その後も

母のとこに行かなきゃいけないのに

家事のことを言うから

最後の辺りは

ガラスボウルを10枚くらい叩きつけて割って

あとで脚が流血してたのに気付いた

 

脱線 脱線(^^;)

 

母も いったい人生なんだったの って思ったと思うので

私のは 1/10くらいのもんだろうけど

 

親子できずに

叔母たちと過ごした

子どものころも

もう否定されたんだな

 

だったら なんで

母と親子できなかったんだ?

 

なんの意味があったんだろう

 

まだ 続くんだろうな

こういうこと

 

糾弾したいけど

困る人もいる

でも 苦しいから

接触しないようにしてるのに

 

ちょいちょい

落ち込むネタを仕込むよな。。。。。

 

なんだ?

 

というか

わかってる人はみな黙しているから って

調子こいてんじゃねーぞ

やっぱり きちんと

まっとうな 上の叔母の旦那さんに

抗議するべきなのか とも

頭をよぎる・・・

今更 異常さを伝えても

叔父が可哀想って思ってたけど

 

いい加減 

自分が可哀想だわ

ものごっつい ブルー

幼少の自分まで傷付けられたことに

また絶望感を感じる。。。。。

 

叔母達と おなじことができるのか?と自分に問う

できない って思う

それは 常識人だからのか

弱い人間だからなのか 

もうわからない。。。