おばさんの落ち穂ひろい

ほとんどガス抜き 誤字脱字すみません

どうせ・・・

休業しますってFBに上げたら

いいね いいね いいね って

何が いいんだか

 

今朝 お客さんが 電話してきて

拗ねてるのか というので

えーもー あたしなんかじゃなくても 大丈夫でしょ って言ったら

うちの会社には 必要なんよ と まあ お世辞かも知らんが

ありがたいことを言ってくれるけど

 

なんか どっちでも いいわ 

 

別件で

また 別の方からメッセージあって

なんかおかしい と思ったらしく

話し 聞いてあげようか みたいに言ってくれてるけど

 

もう 終わったからさ

 

人間の鉄板システム

気付いて欲しいときは 拒否される

終わったら気付いてくれる

 

 

人間が好きじゃなくなったわけだから

50年かけて 信じてきた 

人間ってものの 見方も

崩れ落ちたからさ

 

少々じゃあ 起き上がるんですけど

少々ってのも 結構な少々だったりするけど

 

人に対して期待を持てないなんて 

終わってる

 

期待を持てないというか

持つと 次回はもう再起不能な気がして

そろそろ  人を信じないって

肝に銘じようと思ってる

悲しいことだけど

壁をつくらないで 自分を守れるのかと思う。。。

 

もしかしたら 

みんな同じ気持ちなのかもしれないけど。。。

 

どっかで 

最終的には

幸せになれると 思い込んでる 間違いにも気付いたし

 

最高のピンチには 

どんなに お願いしたって

サポートしてもらおうったって

誰も居やしない

応じやしないどころか

ピンチをもっと強烈にされて

拷問かと思うほどだもん

これ人間の本能なのだろうか。。。

 

そもそもPTSDみたいなものは元々持っていたのだけど

ほぼ消えていて

 

今 たぶん この2年のショック状態の

何かが出てきたのだと思う

 

昨日は お客さんの一言で 

感情の堰が切れたと思う

 

それから放心していて

もう なんでもいいや と思う

 

別に みんなの日々は続くし

ワタシが仕事やらないでも

同じ事を誰かがするだけだし

マウンテング女子に嫌味言われなくていいし

 

『あなたは一人じゃないですよ』 っていう話しは

一部の美談と ある考え方において ホントであり

大半においてウソかもしれない

 

どうして 何回も 何十回も

何十年も 良い事を信じて生きてたのだろう

落ち込んでも ささやかな幸せに助けられて

生きてきたって いうのは

 

もう やめようかな って思う

 

ギリギリで救われているのだけど

 

救われるって思ってるのがいけないのか とすら考える

 

 

"どうせ" ってネガティブな考えだって

必要な日もある。。。

そいういのだって

生きてく テクニックだと思う

 

ああ そうだ 昨日 叔母さんとすれちがったのだ。。。

他人のようで 何も感じなかったけれど

やはり 日々には大きな影を落としてはいる

父は 妹達の我を通させたけど

当てが外れてひとぼっちになり

叔母たちと 何か小屋を建ててすると言ってたけど

そんな様子はなく

父は 一人 倉庫を壊してる

これも人生だから仕方ないけど