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おばさんの落ち穂ひろい

ほとんどガス抜き 誤字脱字すみません

澱・・・

今日 シャキシャキのお客さんとこに行って

打ち合わせしてたら

ストレスの話になり

 

ふーんって聞いて

それは こうじゃないかなぁ なんて言ってたら

何でわかるの って泣いてしまいました。。。

 

気が強そうに見える美人だけど

傷付いてるんだなぁ と思って

 

最後は 

話して良かった って言ってたから

良かったのかな

 

みんな 

澱のように 心にモヤモヤが溜まっているんだなあ

 

 

みんな潜在的

親の監視の中にあって

親が好きだからこそ憎くもあり

コワくもあり

親に好かれる事は 生きて行くことだった

もう 自分で生きていけるのだから

小さい頃のよくない呪縛は捨ててもいいのに

捨てられないんだよな〜

 

でも もう良いんだよ と言いたい

自分を責めるのは

親の期待に沿えてないとか

親が認めてくれないとか

親も可哀想だって思っても

全面的に可哀想なんじゃないのだから

 

小さい時に刷り込まれると

逃れにくくなってて

いつも自分を責めてる

 

べつに

親に叱られたって それが何なのよ 

 

条件付けて愛されるものでもないし

条件付けてなら 嫌われていいわ

期待に沿わなきゃ子ではないのか

 

期待に沿えない人間です って言っとけばいいのだろうと

 

子供側からみると

親は結構勝手な理屈で機嫌悪くしてるし

子供は親の期待に沿って

いつの日か認めてもらいたいと潜在的に思ってるし

 

いくらやっても認められないし

親は 認めないか 認めているつもり なのじゃないかな

 

なので自分を壊すほどの関係なら

"非情"も必要で

捨てるようであっても

親はなんらかの形でやっていくのじゃないかな と

 

"非情"であれば "非情"な自分をまた責めて

 

結局 子は親が好きであるから

重荷で 憎い 

重荷は 親を幸せにしなくちゃという気持ち

憎いは どうしてわかってくれないの

 

親は子が可愛いから自分の思い通りにさせたい

監視下において文句(アドバイス?)を付けたい

 

そういうものなんだろうな と

 

なのでもう傷付きたくない場合は

素知らぬ顔で

好きにやればいい

 

好きに思えばいい

人間は自由なんだから